ラプンツェルの翼(1)

ラプンツェルの翼 (電撃文庫)

ラプンツェルの翼 (電撃文庫)

 なぜ私は今までこの人の作品を読まなかったのだろう。と言えるくらいの面白い作品でした。

■ ストーリー
 日常は一変する。

 突然の恐慌、舞い散る赤の色、逃げ惑う人々、混乱が錯綜する世界。

 相沢遼一はそんな混乱の中、ただ立ち尽くしていた。

 状況が全く理解できず、それでいて強い既視感を覚えるその光景に体は拒否反応を起こし始めていた。

 精神を保護しようとシャッターを下ろすように情報を遮断する、視界はチカチカと乱れ、周りの悲鳴も聞こえなくなり、血の臭いも夏の暑さも感じられなくなった。

 そんな遼一に向かって歩いてくる人物があった。

 黒っぽい衣装に身を包んだ怪我だらけの体を引きずるその女性は、足を引きずるようにして遼一の前に立ち、その手に持った歪にひしゃげたトランクを渡してこう言った。

 「このトランクを持って逃げてください」
 「必ず取りに行きます。それまで預かっていてください」
 「誰にも見せてはいけません」
 「これは、とても危険な武器なのです」
 「決して開けてはいけません・・・・・・」

 トランクを自分の部屋に持ち帰った遼一は、改めてそのトランクを眺めた。

 激しい損傷でロックが壊れていて、電話番号が表記されていたようだが血に汚れて読めず、ボディの側面には黄色で、『DANGER』と書かれたマークがあり、どす黒い乾いた血の固まりがこびりついていた。

 そんなトランクが突然がたがた動き出し、ロックが壊れていたので簡単に開いてしまう。

 中に入っていたのは、一糸纏わぬ少女だった。

 彼女は起き上がると、遼一のほうをじっと見つめた。

 そんな彼女の胸には英字でこのように書かれていた。

 Turn over OK?(起動しますか?)

 天使とバグ、そして目的の見えない命を掛けた"禁断"のゲームが幕をあける。

■ 天使とバグ
 敵対する存在でありながら、同一の存在。意味のない交わり。

 人の存在から外れたもの。

 人を・・・・・・やめたもの。

■ 相沢遼一と相沢奈々
 過去のトラウマにより、空虚になった少年。生きる意味もわからず、プログラムをこなす少女。

 生きる意味もなく生きている。生きる意味もわからず生きている。

 「死はスイッチのような単純なものだよ。死の向こう側なんて存在しない。テレビを消すようにシンプルなシステムだ」

 「何故、そう思うの?」

 「人間なんて簡単に死ぬからな、生きてる意味がないくらいに」

 「じゃあ、何故君は生きている?」

 少女が聞いた。

 「ただぼんやり道を歩いているだけのことだ。そいつはどこに向かって歩いている? って聞いても答えなんか出てこない」

 何も知らないこの非日常生き抜くために少女は――相沢奈々は言うのだ。

 「・・・・・・いつでも殺せるように、ずっと君の傍にいる」

 やがてその言葉の意味は、少しずつ変わって行くことになる。

■ これは
 生き残るためのゲームなのです。

 与えられた言葉の端からヒントを見つけ出し、残酷な現実を選択するためのゲームなのです。

 人間をやめるための。○○を忘れるための。ただ、生きるために。

■ ただ
 それでも人と人との交わりは回避できません。

 まだ天使でもバグでもない彼女たちは人との触れ合い方で在り様を変えるのです。

 テンプレートな結論は単純で残酷ですが、それを選ばないことに意味はあるのでしょうか。

 彼女が望む真実は――

■ 評価としては
 星5つ。あなたは残酷な現実に気付いたとしても、最後まで信じてあげることができますか。

 ちなみにラプンツェルとはチシャ(キク科のレタス)と訳されることが多いらしいですが、正しくはノヂシャ(オミナエシ科の植物)のことらしいです。グリム童話の作品のタイトルの一つにもなっています。

 この作品ではグリム童話の部分を採用しているようですね。